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 ほんの数日だけれどどっか行きたーい!と心と胃袋が叫ぶときは、私は迷わずソウルへ行きます。頭数が揃えば香港で円卓料理もいいけれど、夫とふたりでおいしいものをしこたま食べるにはやっぱりソウル。成田から2時間半だから、早朝のフライトで行けば朝ごはんから韓国料理三昧が始まります。南大門市場でぐつぐつ煮えたぎるチゲのついた定食を食べ、ランチは冬ならとろけるほどに煮込んだ烏骨鶏のサムゲタンを、夏なら歯にしみるほど冷たい冷麺をすすり、夜は骨付きカルビにかぶりつく…。あぁ、想像しただけでもう理性のタガがはずれて、何もかもほっぽり出して飛んで行きたくなります。

 そんなこんなで20年来衝動的かつ断続的にソウルに通っていますが、この数年でずいぶんと増えたなと感じるのが伝統茶房です。韓国ではコーヒーや紅茶を出すいわゆる喫茶店と、日本でいうと抹茶や昆布茶がある和風喫茶的な伝統茶房の2種類があります。アンティークストリート仁寺洞(インサドン)には風流な造りの茶房がいくつもあり、観光客や地元の人がゆったりと伝統茶を楽しんでいます。

 実はこの伝統茶という飲みものは、お茶の葉をまったく使わないのです。えー、じゃあどんなもの?とお思いの方、その前にちょっと朝鮮半島のお茶の歴史を遡ってみましょう。中国からお茶が伝わったのは7世紀の新羅時代。仏教とともに緑茶が広まり、高麗時代には上流階級に飲茶の習慣が定着し、あの美しい翡翠色の青磁が茶道具として完成されました。ところが、李朝時代になって崇儒排仏の政策になり、仏教とともに飲茶の習慣は廃れてしまいました。

 その後、庶民がお茶の代わりに飲んでいたのが、ご飯の釜のお焦げに水を足して沸かしたスンニョンや、穀物や果物で作るお茶や飲みものだったのです。また、富裕層は高麗人参やクコなどを煎じたものを滋養強壮のために飲んでいたそうです。これが、お茶の葉を使わない伝統茶の謎解きです。

 現代の韓国人が大好きなコーヒーは別として、一般的なのがとうもろこし茶や麦茶です。煎ったコーンの粒を煮出したお茶は、すっきりとして香ばしく、食事中に飲んでも料理の味を邪魔しません。伝統茶房で出すお茶のなかでとりわけ好きなのが、はと麦の粉を湯で溶いたユルムチャ。真っ白でほのかに甘く少しとろみがあり、子どもの頃から葛湯に目がない私の味覚のツボにすっぽりハマりました。韓国産をきらしたときは、はったい粉(麦こがし)を溶いて飲み、禁断症状をなだめます。

 伝統茶にはキリッと爽快なセンガンチャ(しょうが茶)や、干しなつめを煮て裏ごした濃厚なテチュチャ、酸苦甘辛鹹の5つの味をもつ五味子の実を水出ししたオミジャチャなど個性的なお茶があります。ほかにも、果物を砂糖や蜂蜜に漬けた、どうみてもママレードとしか思えないものを湯で溶いたユジャチャ(柚子茶)やモガチャ(かりん茶)もあり、伝統茶の奥は深いのです。しかもそれぞれに薬効があり、気候や体調に合わせて飲むと聞くと、さすがは薬食同源の国と感心させられます。今年の冬は柚子やかりんをせっせと蜂蜜漬けにして、伝統茶を味わうつもり。風邪をひいてしまったら、そのときはしょうが茶やシナモン茶、テチュチャの出番です。

(文 / 野澤幸代)   

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