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 甘いものなら見境なく好きな私は、もちろんココアも大好き。母がよく作ってくれたココアは、金色のバン・ホーテンの缶に入っていました。「お湯で溶くとダマになっちゃうのよ」と言って、母はココアと砂糖を混ぜてから少しの水で練り、温かい牛乳で溶きます。熱々のカップを両手で包むと心地よく、チョコレートと同じいい香りがしてうっとりします。「チョコレートは食べすぎると鼻血が出るから、子どもは少しだけね」と釘を刺されていたこともあって、チョコレートみたいなココアがことさら嬉しかったのでした。

 とろんと甘くて香り高く、ほのかに酸味があってちょっと刺激的なココア。飲むうちに体が芯からほかほかと温かくなって、元気がでてきます。紅茶なんぞと比べると飲んだ後の充実感があるから、お菓子なしでもおやつになります。そういえば、コーヒーはたとえインスタントであっても大人だけのもので、許されるのはコーヒー牛乳くらいだったから、昭和の子どもの食生活はまこと刺激物なしでありました。

 高校生になると我が家の近くのアメ横でベルギーやオランダ製のココアをお小遣いで買い、一夜漬け勉強の友としたものです。輸入品はデザインが美しく、缶欲しさに買うこともありました。ハーシーのチョコレートシロップを牛乳で薄めると、濃厚なココアになることを知り、ココア=チョコレートの真実に勘づいたのもこの頃。だからといって調べるほどの熱意がないまま時が過ぎ、大人になってから外国にはホットチョコレートという飲みものがあることを知り、両者はカカオから生まれた姉妹だとやっとこさ理解したのでした。

 カカオは中南米、東南アジア、西アフリカで栽培されている熱帯植物で、ラグビーボールのような堅い果実の中に白い果肉に包まれた種子が並んでいます。収穫期の写真をみると、枝や幹の途中に突如ラグビーボールが鈴なりにぶら下がっている、かなりヘンテコな樹です。この種子がカカオ豆で、これをコーヒー豆のように焙煎にかけ、皮を向いてすりつぶすとチョコレートになります。19世紀にオランダのバン・ホーテンさんがチョコレートの脂肪分を半減することに成功し、ココアパウダーが生まれました。

 銀座にある有名なチョコレート店のシェフから聞いた話では、カカオ豆には品種や産地による風味の違いがあり、ワインのように当たり年や不作の年があるそうです。それをメーカーがブレンドするので、板チョコの味もそれぞれ違うという訳。はるかエクアドルまで畑を見に行った学究肌のシェフは「カカオはぶどうと同じくらいデリケートな農作物なんだ」と熱く語ってくれました。

 ところで、ココアが健康にいいと盛んに言われる理由のひとつが、ポリフェノール。ガンや動脈硬化、アレルギーなど現代に多い病気の原因になる活性酸素の働きを抑え、ストレスに対する抵抗力を強めます。また、カカオの香りは集中力や記憶力を向上させ、ほろ苦さの成分であるテオブロミンは神経をリラックスさせて安眠をもたらす効果があるんですって。そうか、丸暗記を陰ながら応援してくれたのはココアだったのか。でも、抗いたいほど心地よい居眠りもくれたのなら、結局プラスマイナス0(ゼロ)かもね。

(文 / 野澤幸代)   

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