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 ワールドカップの活躍ぶりで、知名度を一気に上げた国のひとつがトルコ。エキゾチックなイメージ、豊かな観光資源、安定した治安と三拍子揃っているため、日本からの観光客がどんどん増えているそうです。私の周りを見ても、特に若いバックパッカーと熟年夫婦に人気が高く、しかも、旅行後に話を聞くと「トルコ人って人なつっこくて親切、料理がおいしい」といたく好印象なのです。

 東西文明の十字路といわれるイスタンブールは、アジアの西岸とヨーロッパの東岸にまたがり、ビザンティウム、コンスタンチノーブルと名を変えながら2600年以上も栄えた、世界でも稀なほど古い街です。その旧市街にあるグランド・バザールは、金銀、宝石、宝石並みに高価なシルク絨毯などの店が5000軒もひしめく、巨大な迷路。奥へ奥へと進むと、通路の脇に階段状の席を設けた、コーヒーハウスがありました。「やれやれ、くたびれた」と席についてコーヒーを頼むと、なぜか一緒に来たのが水煙草のパイプ。1mくらいのパイプの中にサイフォンがあり、ホース状の吸い口がついています。何事も経験と思ってプクプクと吸っていると、道行く人が私を見て驚愕の表情をするのです。見渡せばその店の客は髭のおじさんばっかり。さらに当時の私は童顔のせいでよく10代(実は30代)に間違われていたから、いくら外国人でも、若い娘が人前でスパスパするのは「とんでもない」ことだったみたい。ひと昔前のトルコでは、喫茶店らしき店で女性を見かけませんでしたが、今は違っているのでしょう。

 男たちの社交場であるコーヒーハウスは、1554年に世界で初めてこの街にできたのだそうです。アーチ型の高い天井、中央に噴水、周りを囲むソファに腰を据え、コーヒーを前に水煙草をくゆらす男たちの古い銅版画を見たことがあります。そこは裕福な人々のための豪奢なくつろぎの場であり、学者や詩人の情報交換のサロンだったといわれています。交易で訪れたヴェネツィアやマルセイユの商人によって、コーヒー文化はヨーロッパにもたらされ、世界に広まっていったのでした。

 さて、その歴史あるトルココーヒーの名はカフヴェ。煎った豆をごく細かな粉状ら挽き、ひしゃくのような小さな銅製ポットに入れ、水と砂糖を加えて沸騰させ、吹きこぼれる寸前にそのまま漉さずにカップに注ぎます。3~4口で飲み終わる量といい、とろーりとした濃厚な味といい、エスプレッソによく似ています。1日何杯も飲むチャイ(紅茶)とは違い、カフヴェは正式なおもてなしの趣があります。

 この淹れ方のコーヒーはアラブ圏に広く見られ、エジプトの砂漠に住むベドウィン(遊牧民)を訪ねるツアーでご馳走になったことがあります。まず火を起こし、豆をお客に見せてから煎り、ゴリゴリとすりつぶし、結局コーヒーが出るまで1時間以上かかりました。これはもてなしの心を表すセレモニーというか、一種の茶道ですよね。砂漠や山岳地帯といった厳しい自然に生きる人たちは、知らない者であるからこそ一期一会のもてなしをするといいます。お茶とは人と人の心をつなぐ、そんな役割もあるんだなとしみじみ感じ入ったのでした。

(文 / 野澤幸代)   

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