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 打たせ湯のように宙を駆けるミルクティーを見たことがあります。今はチェンナイと改名したかつてのマドラス、南インドです。インド式ミルクティーのチャイを頼むと、歯医者にあったような金属製のコップと深い受け皿を手に店のおやじが登場し、やおら2つの器の間でチャイをやり取りするのです。つまり、高く掲げた上の器から下の器へダァーッと流し入れ、今度は逆にしてダァーッと、これを何度も。まるで伸び縮みするゴムみたい。面白がって拍手などしようものなら、可能な限り両手を離してパフォーマンスしてくれます。

 こうやって出されたチャイは山盛りに泡立ち、大量に入れた砂糖も溶け、飲み頃にさめているという次第。そういえば、ヨーロッパで飲茶が始まった頃は受け皿に移して飲んだそうですから、興味深いですね。ちなみにこのパフォーマンスは、東京・九段の南インド料理店「アジャンタ」でもやってくれます。

 南インドからの定住者が多いシンガポールやマレーシアにも、この泡立ち紅茶があります。東南アジアではコンデンスミルクを使うので、よく溶かすためにもこの方法は有効。日本でもヒットした台湾の黒タピオカ入りミルクティー(珍珠泡沫奶茶)も同系です。泡立った紅茶のお味はというと、空気を含ませるとぐっとまろやかさがでるのです。ティーバッグで濃く淹れた紅茶とコンデンスミルクをシェイクしてみてください。きっと味の変化がわかると思います。

 さて、私が出会った一風変ったアジアンティーの中でも、筆頭は香港のおしどり茶(鴛鴦茶)。いかにも香港チックな珈琲舗で飲める熱飲類で、なんと紅茶とコーヒーのハーフ&ハーフ……味はおすすめできません。この珈琲舗というのはたいがい下町の裏通りにあって、サンダルばきの客がかき氷を食べているような地元密着型の喫茶店です。

 メニューにはホットオレンジジュースやら、熱い牛乳に生卵を溶いたものやら、日本人の目から見るとアバンギャルドな飲みものが並んでいます。レモンティーやオレンジティーは、薄切りのレモンやオレンジがとっさり入っていて、なかなかの個性派。ティーバッグの紅茶が限りなく薄まって、ほとんどホットレモネードなのですよ。最近、生のイチゴを入れたストロベリーティーも見かけました。本場英国では云々、なんてことにとらわれずに、自由にアレンジしてしまう精神がいいですよね。

 アジアを中心に歩き回っている私は、どこへ行っても町の茶店でしょっちゅうなごんでいます。お茶をゆっくりと飲み、周りを行き交う人たちを眺め、その土地の暮らしの速度を知ります。長居をしていると会話が始まり、言葉が通じなくてもそれなりにコミュニケーションして、いろいろなことを教えてもらいました。市場に行ってお茶と茶器を探して、大事に抱えて帰ります。そして、習ったやり方でお茶を淹れてわが家で味わいます。

 お茶は命の糧ではないけれど、心を養う糧になるもの。お茶がくれる時間に心を羽ばたかせて…。

※「アジャンタ」は四谷に移りました。

(文 / 野澤幸代)   

※文章・イラストの無断転載、複製を禁じます。


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