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アジアの西端。風の吹く街で出逢った庶民の味

極東からアジアの西の果てへ 飛んでイスタンブール

写真①

 私三十一歳、夫三十二歳。働き盛りだけれど未だに遊びたい盛りでもあるので、エイヤッと仕事を辞めて一年の旅に出ることにした。

 前から関心のあったアジアとその周辺を、ふらふらと無計画に見て廻りたいと思ったのである。周囲の人から「よく決心がつきましたね」と言われたが、物事あまり深く考えないタチなのかさしたる葛藤もなく、まずはアジアの西の果てトルコへと飛んだ。

 トルコの玄関口は、アジアの西岸とヨーロッパの東岸にまたがる海峡の街、イスタンブールである。"飛んでイスタンブール"という歌が流行ったおかげで、名前だけは知っているという人が多いと思うが、トルコ共和国最大の都市で人口は450万人。

 ガイドブックを読むと、ビザンティウムと呼ばれていた頃から2600余年も栄え続けてきたのだそうだ。世界でも稀な古い古い街なのである。イスタンブールは黒海と地中海を結ぶボスフォラス海峡と金角湾が、右に横倒しにしたT字型のように走り、東のアジア側はユシュキダル地区、西岸の北は新市街、南は旧市街とに分かれた、三つの岸で構成された街だ。だから街にはいつも海からの風が吹いている。

 観光ポイントの集まった旧市街に宿をとり、街歩きに出る。初夏の陽射しは強くて少し歩くと汗がでるが、木陰に入ると風がヒンヤリと冷たく心地よい。観光は二の次でとにかく食事をしなくてはと思う間もなく、通りに並んだロカンタ(食堂)の料理が目に飛び込んできた。長い串に刺したひと抱えもある肉がロースターの前で糸巻きのようにゆっくり回転し、コックがこれまた長いナイフで表面を削り切っている。入口脇にはトマトの赤やピーマンの緑が目立つさまざまな料理が並び、隣の店ではローストチキンが脂を滴らせてグルグル回っている。

 おもちゃ屋を覗く子供のようにロカンタのウィンドウにはりついていると、レジに座った親父が手招きしている。さあ、初めてトルコ料理を食べるときが来た。

フランス料理には負けないとコックが自慢するトルコ料理

 トルコ料理に関する予備知識は、肉は羊肉が主でナスを使った料理が多く、羊のひき肉とナスの重ね焼きムサカが有名……と記憶していたから、保温バットに並んだ料理のなかにムサカを探したがどれかわからない。

 とにかくおいしそうな数品を指さしてみると、すぐに皿に盛ってくれたので、ミックスサラダとビールを頼んで席についた。店内を見回すと折しもちょっと遅い昼食時間で、地元の人や観光客の姿も見えるが客の入りは半分ぐらい。隣席ではロバート・デ・ニーロをトルコ人にしたようなお兄さんが、鶏のローストを手づかみでパクついている。

 私たちが料理を前にこれは白インゲン豆だとか、この白いソースはヨーグルトじゃないかなどと、突ついたりなめたりしているとやおら隣のお兄さんが話しかけてきた。彼はコックで一ブロックほど先の店で働いていること、トルコ料理はフランス料理に負けないくらい素晴らしいのだと、自分の食べている鶏肉をちぎって私たちにすすめながら、いろいろと教えてくれた。

写真③

 巨大な糸巻きのような肉はドネル・ケバブで、羊肉を串に何層にも刺し重ねて回しながら焼き、表面の焼けたところを削ったもので、トルコ人は昼食によくドネル・ケバブをパンにはさんで食べる。食べてみると肉は柔らかくて香ばしく、塩とスパイスだけの調味が肉の味を際立たせておいしい。焦がしバターをかけてヨーグルトが添えてあった。

写真②

 白インゲン豆のトマト煮はクル・ファスルエといって、トルコの代表的料理といえるほどポピュラーな家庭料理である。豆が煮くずれる手前までよく煮てあり、味付けはかなり薄いがそのぶん豆の風味が伝わってくる。

写真⑥

 羊肉の塊とジャガイモの入った白い汁はコユン・ハシュラマスという名で、羊肉の大きな塊をとろけるほどに煮込んだもの。フォークで肉がくずせるほど柔らかく、汁は骨の髄と脂がとけ込んでいてコクがある。

写真⑨

 トマト、玉ネギ、キュウリ、青トウガラシ(辛くない)、パセリにレモン汁と塩を振ったチョパン・サラタス(ミックスサラダ)は牧夫のサラダという意味で、飽きのこない素朴な味だ。トルコの野菜は総じて味が濃くて、特にトマトは完熟していて香りもよい。

 以上の四品はどれも典型的なトルコ料理で、初めての食事にこれを選んだなんてなんともお目が高い、と彼は誉めてくれた。ちなみに彼からもらった鶏肉のローストは、皮はパリッとしていて肉はジューシーで、あっさりとした塩味が美味であった。

 彼アフメット君(オジサンに見えたが同年代だった)は黒海沿岸の街サムスンの出身で、2年間の兵役を終えてからコックの修業をし、今は小さい店ながらコック頭をしているらしい。この後彼がグランドバザールを案内してくれ、抱き合って両頬にキスする(!?)トルコ式の挨拶を夫にも私にもして、もう日も暮れる頃に別れたのだった。

同じアジアの一員としてトルコが日本に寄せる熱い親近感

 コックのアフメット君のように好奇心に溢れた人なつこいトルコ人に、その後もしばしば出逢った。道を訪ねると目的地まで連れて行ってくれるか、切符をくれて私たちをバスに乗せて周りの人に頼んでくれる。商店で買い物をして話をするとどこからともなくチャイ(小さなグラスに角砂糖を二つも入れて飲む甘いトルコ式の紅茶)の出前がきて、さらには長いパイプの水煙草が出てきたこともあった。フェリーや長距離バスに乗れば近くの昔の人が話しかけてきて、チャイやスナック、時には食事まで奢ってくれたりする。

 英語を話す人は多くはないが、私たちの片ことトルコ語と彼らの片こと英語に身振り手振りを加えると、簡単な話なら結構通じてしまう。そして私たちが日本人とわかると、日本の経済発展と工業製品の優秀さを話し始める。ある老人は日露戦争(1905年)でトルコの宿敵ロシアを破った日本人は、同じアジアの盟友だと相好をくずして語った。

 もとは中央アジアの遊牧民であったトルコ族がこの地に来たのは11世紀のことで、我々日本人と同じモンゴロイド系統の人種に属する。トルコ人がアジア人であるという自意識を持って、極東の日本に親近感を抱いていることは、日本では知られていない。

(文・写真 野澤幸代)     

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