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アジアの西端。風の吹く街で出逢った庶民の味

回教寺院の写真

アナトリア絨毯を買った田園調布のお金持ち

 トルコ人は親切でお人好しだが、こと商売になるとトルコ商人は手強い相手だ。旧市街の回教寺院の見学に行くと、「アナタハニホンジンデスカ?」「ドコカラキマシタカ?」と何人ものトルコ青年が、独特のイントネーションで話しかけてくる。彼らのほとんどは絨毯屋か土産物屋の客引きなのだが、日本語を学んでいるので少し話をしてくれないかと誘ってくる。トルコに限ったことではなく、世界中の観光地で激増する日本人観光客相手に展開される一幕のようだ。

 「アナタハ、テンエンチョーフニスンデイマスカ?」
と珍しくも若干高度な問いかけに振り向いてみると、十代後半と覚しき少年が微笑んで、
「ワタシノトモダチ、デンエンチョーフニスンデイマス。アナタモソウデスカ?」
と田園調布にこだわった問いを畳かけてくる。私たちもトーキョーだけど田園調布じゃないのよ、と面白がりながらついて行くと、彼のお兄さんの絨毯屋に着いた。すぐさまチャイジュ(茶店)の小僧がチャイを出前してきて、飲むこと三杯。今度は味を変えてエルマチャイ(レモンを絞って飲む爽やかなリンゴ茶)はいかがときた。

 この間、店の主はアナトリア絨毯(トルコ絨毯をこう呼ぶ)の品質の高さ、価値について汗を流して語り、弟はすでに三十枚以上もの絨毯を店中の床に広げている。見える方向によって色を変えるアナトリア絨毯はすばらしく美しいのだが、こちらはまるで買う気がない。その旨を最初に弟に告げてあるから、少々気はとがめるがアンフェアではないはずだ。

 シルクの絨毯はさすがに値が張るが、ウールの絨毯シングルベッド大が三万円にまで値が落ちた。遂に主が泣き落としに入った終幕に、雰囲気に気おされた夫が一枚ぐらい買ってもと弱腰になったのを潮に席を立った。やっと諦めて笑顔になった主に、田園調布の友だち(一回会った人はお客でも友だち)はどんな絨毯を買ったのと尋ねると、「日本人の家、ウサギ小屋なの私知っています。だから小さい絨毯ね。お金持ちでも大きい絨毯、日本人買いません。」と答えた。

蜜を含んで黄金色に輝く菓子。一個二個じゃ売りません

 トルコの料理はどれも薄味なのに対して、お菓子はやたらと甘い。暑い国の人が辛い辛い料理を食べて、その後に甘い菓子を食べるのは納得できるが、トルコ菓子の甘さは理解に苦しむほどだ。甘党の日本人でも、一皿平らげるのは至難の業であろう。

 ある日菓子店に入って行ったら、いかめしい髭をたてた老紳士が、店の一隅にある小さな椅子にかけて菓子を食べていた。その菓子はバクワラというパイ菓子で、たっぷりと蜜を含み、切り分けると蜜の糸が引くほど甘い。菓子の蜜が髭につかないように大口を開けて食べる彼の姿は、滑稽で微笑ましかった。

パイ菓子バクワラの写真

 オスマン・トルコ朝の宮廷料理の流れを汲むというトルコ菓子は、種類が多く、中近東の菓子と共通のものが多い。小麦粉のタネを焼くか揚げるかし、レモンで香りづけした砂糖のシロップを滴るほどに含ませる。トルコ特産のヘーゼルナッツやピスタチオ、クルミなどの木の実をふんだんに使っている。

 この甘い甘いお菓子はトルコ人の大好物で、髭の紳士とお菓子にも驚いたが、もっとぴっくりしたのは、皆がこの菓子をキロ単位で買っていることだ。ラマザン(断食月)明けのシェケル・バイラム(砂糖祭り)には家族で菓子を食べて祝うというが、そのときには一体何キロぐらい買うのだろうか。

雑踏のなかで前菜からデザートまで。フルコース締めて二百円也

ケバブ屋の写真

シーフードレストランの写真

 イスタンブール滞在中、足繁く通い詰めたのは、旧市街と新市街を繋ぐガラタ橋のたもとの雑踏である。ここは金角湾の入口のフェリー乗り場で、朝から晩まで人の流れが絶えず、物売りが集まっている場所だ。

 岸壁に航った揺れ動く小舟では、サバの半身が浅い大きな鍋でフライにされ、ジュージューと油が鳴り、香ばしい匂いが海風に乗って飛んでゆく。揚げたてのサバフライをパンにはさんで売っているのだ。客は玉ネギをはさみ込み、塩を振って食べる。老人も若い女性も、立ったまま頬張っている。

 その小船の前には、これも揚げたてのイワシサンド売りがいて、脇にはタンクを置いた水売りが控えている。ひさしのついた手押し車は、野菜のピクルスを売るトゥルシュ屋だ。車の真ん中に大樽を置き、三法にはガラス瓶に入れたピクルスが色とりどりに並べてある。客の注文に応じてグラスにキャベツやキュウリ、赤カブなどを入れ、キャベツと赤トウガラシの漬け汁を注ぐ。これは震えがくるほど酸っぱくてピリッと辛く、一回試すとやみつきになる旨さだ。

ミディエ・ドルマスの写真

 米をムール貝に詰めて蒸し煮したミディエ・ドルマス売りは、大盆にムール貝とレモンを並べている。客がくると貝を開けてレモンを絞り、片貝で詰めものをすくってポンと客の口に入れる。ときどき砂がジャリッとあたることもあるが貝の味が米にしみておいしい。"ゆで"と"焼き"の2種類のトウモロコシ屋が、売り声をがなり立てる。ぎっしりと粒の詰まった一本を客が入念に選ぶと、皮に包み塩を振りかけて渡す。

 トルコ人には見慣れた光景と味なのだろうが、神社の縁日で覚えた買い食いの楽しさを思い出し私の心と舌が踊り出してしまう。まずムール貝を前菜に、次にサバサンド、トゥルシェの酸味で口をさっぱりさせて、ほのかに甘い素朴な味のトウモロコシにかぶりついていると、またもムール貝が食べたくなってくる。この調子で、喧騒のなかを行ったり来たりして、もうこれ以上はダメ、食べられませんという状態まで食べかつ飲んでしまうのである。しかもフルコース食べても二百円で事足りる安さなのだ。

メゼの写真

 我ながら口が卑し過ぎると思うが、トルコの大地と海の恵みが庶民の味となって、この海風の吹く岸の人々の渦とざわめきのなかにある。またイスタンブールに来たらいの一番にここに来て、街を発つ日はここにサヨナラを言いに来たい。トルコ最後の日にトゥルシェを三杯お代りした私に、店のお兄さんが四杯目を黙って差し出した。

(写真・文 野澤幸代)     

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