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濃紺のエーゲ海を抱く国。ざわめき賑わうタベルナの夜は長い

サントリーニの写真

ヒマワリ畑を走り抜けて、トルコからギリシアへ

 イスタンブールから次の目的地ギリシアの首都アテネまでは1150キロ。車窓を流れる景色を楽しもうと、のんびりと24時間バスに揺られて行くことにした。予約時の手違いで学割料金になり、一人約1700円也。飛行機だと一時間約2万円の行程である。

 ヴァカンスシーズン只中とあって、バスターミナルは人でごった返していた。我勝ちに叫ぶ人の塊に突入してもまれること1時間。やっと手続きを済ませるとすでに出発時刻だ。

 慌ててバスに乗りこむと、私と夫の席には洗濯機大の箱と麻袋が座っている。ここで狼狽していると乗れなくなるのは必至なので、速やかに他の席に運び、知らん振りをを決め込んだ。他の乗客が来てその荷物をさらに二回移動すると、空席が失くなった。可愛想なのは最後に来た乗客三人である。荷物の持ち主の婦人は凄い剣幕で断固譲らず、車掌を交えた三者で、濁音の多いトルコ語で言い争いが始まった。この騒動で定刻を一時間半遅れて出発。結局、バスは定員に三人欠けた満席状態でイスタンブールを走り出た。

 街並みが途切れると、農業国トルコの田園風景が続く。広い平たん地の向こうにゆるやかな丘が連なり、鮮やかな緑色と黄緑色、茶褐色の畑がベッドにかけたキルトのように広がっている。トウモロコシ畑や麦畑、オリーブの樹を眺めていると、急に目の前が黄色になった。今を盛りと咲いているヒマワリの畑だ。

 何千、何万というヒマワリの花が、皆太陽を見つめて立っている。この畑に日の出から日没までいたら、ヒマワリが首を巡らせて空をあおぐ様がきっと見れるのだろう。いつかそんなことをしてみたいと思った。

 ヒマワリ畑(食用油用)に感激していると、直立した絵筆のように見える糸杉が並んでいることに気がついた。ヒマワリと糸杉なんて、まるでヴァン・ゴッホの世界だ。ヨーロッパの地に足を踏み入れた実感が湧き、またも私はいたく感動してしまった。

 国境を越えてギリシアに入ってからも似たような田園風景が続いたが、次第に街が多くなってくる。深夜、テッサロニキというギリシア第二の都市を通り、一昼夜を走り抜けて着いたアテネは猛暑にうだっていた。

タベルナで深夜まで食べかつ飲む  アテネの夜はとにかく長い

 日中アテネの街を歩いていると、あまりの暑さに頭がクラクラしてきて、すぐにカフェで休みたくなる。Δ(デルタ)やγ(ガンマ)、Σ(シグマ)、Ω(オメガ)などのギリシア文字を見ると、理数系科目に悩まされていた頃の悪夢が甦るにもせいもある。

 ギリシア人は家に帰って昼食をとり、シェスタを(午睡)をする習慣があるので、昼下がりの街は静かだ。30度を軽く越す昼日中に出歩いているのは、外国人観光客だけ。それに夏の日没は夜の九時半頃ととても遅く、タベルナ(居酒屋風レストラン)が賑わうのは10時頃からなのだ。従って長い夜を楽しむために、私たちもシエスタすることにした。

 パルテノン神殿がそびえるアクロポリスの北西にあるプラカ地区は、500軒以上ものタベルナが軒を連ねる繁華街である。この一面に宿をとり、迷路のように入り組んだ道を毎夜そぞろ歩いた。夜は気温が下がって風も吹くから、実に快適な夜歩きだ。土産物屋をひやかしたり、似顔絵描きのカルトンを覗き込んだりして歩き、人々のざわめきがもれるタベルナに入る、というパターンが好きだ。

ウゾの写真

 まずは食前酒に、アニスの入ったワインを蒸留した透明な酒ウゾを頼み、エリスケ(オリーブの実)とフェッタ(羊乳の塩漬けチーズ)を突つきながら料理の注文を決める。こう書くとまるでギリシア通のグルメのようだが、周囲のテーブルをキョロキョロ見廻して知った一般的な軽い前菜なのである。

 もうちょっと食べでのある前菜となると、ブドウの葉で米や松の実を包んだドルマダキアや、日本でもお馴染みのタラモサラタなどがおいしい。日本ではタラコにマッシュポテトを混ぜて作るが、パンをミキサーでパン粉にしてタラコと混ぜる作り方もあり、私が食べたタラモサラタはほとんどパン粉の方だった。これをパンにつけて食べるのだから、考えてみると不思議な気もする。

 水で割ると白濁するウゾの白いグラスを手に近席の客が話しかけてくる。コックがエプロン姿でやって来て、料理の解説をしてくれる。気さくで活気に溢れたギリシア人につられて、ウゾのボトルを空にするともう零時をはるかに過ぎているのだ。

スブラキアの写真

 トルコからギリシアに来ると共通の料理、たとえば肉の串刺しの炭火焼やムサカ、ブドウの葉の詰めものなどがあるのがわかる。ウゾもトルコではラクと呼ばれて愛飲されている酒だし、オリーブの実や油がよく使われている点も同じである。隣国で気候が同じならば共通の農・水産物がとれるし、両国は東ローマ帝国、オスマン・トルコ帝国とひとつの国の領土であった歴史も長い。しかし、料理は混交しても、宗教を異にする文化は混ざり合わないということを痛感するほど、両国の印象は違う。トルコはやはりアジアであり、ギリシアはヨーロッパなのである。

(写真・文 野澤幸代)     

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