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濃紺のエーゲ海を抱く国。ざわめき賑わうタベルナの夜は長い

エーゲ海のヌーディストビーチで冷たいサラタテリニを一日三回

 せっかくギリシアに来たのだからと、エーゲ海の島巡りに出た。といっても、ディスコやカジノまである大型豪華客船のエーゲ海クルーズではなく、フェリーを乗り継ぐ庶民派島巡りである。クルーズだと島に滞在する時間が短いから……、と負け惜しみを口にしても、所詮私たちのバックパックにドレスやタキシードが入っているわけもない。そこで思いきりミーハーチックに、ヌーディストビーチで名高いミコノス島へ向かった。

 エーゲ海の色はブルーブラックのインクさながらの深い紺色で、スクリューの立てる波が裳裾を飾る白いレースのように長く残る。フェリーのデッキでうっとりとこのレース模様を眺めていると、白い家並みが輝くミコノスの港が見えてきた。

 紺色の海とひたすら青い空の間に、白い家々や風車、赤い円屋根の教会が群れをなし港には色とりどりに塗った小船が揺れている。まさしくポストカードの光景が現実にある、という逆説的な考え方をしてしまうほどフォトジェニックな島なのである。陽差しが強くて、壁の白さが目に痛いくらいだ。

 さっそく件のビーチに出てみると、噂に違わず3分の2がヌーディストで残りもトップレスばかり。日光浴をする人、フリスビーをして飛びはねる人、目の前を行き交う人、裸の白人たちの中で東洋人は私たちのみ。この状況に夫も私も少なからずショックを受けた。

 ともあれ、目を丸くして立っていても仕方がないので日光浴をすると、おもしろいことを発見した。皆、タベルナに行くときはなぜか水着を着るのだ。しかも裸のときは堂々として自然なのに、脱ぎ着するときは恥ずかしそうにコソコソとする。奇妙な行動だけれど、裸から水着つまり屋外から屋内へ、自然から文明へ移行する中途は半端で体裁が悪く、明るい陽射しにはそぐわないからなのだろう。それにしても興味深い心理である。

サラタテリニの写真

 このビーチで唯一のタベルナ、文明の食卓にはいつも冷たいサラタテニ(グリークサラダ)が用意されていた。トマト、キュウリ、玉ネギ、オリーブの実にフェッタチーズをのせ、オリーブ油とワインビネガーをたっぷりとかけて食べる。日光と風にさらされた乾いた身体にこれ以上のごちそうはないと思うほど、みずみずしくて生き返る。ギリシア滞在中、一日三回はこのサラダを食べ続けた。

島のワイナリーでピスタチオをつまみながらテイスティング

 古代からワイン造りが行われていたギリシアでは、今も全土で地酒ワインや自家製ワインが造られている。松脂を入れたレツィーナという独特のワインもあるが、ふつうのワインが一瓶250円くらいからあり、安くておいしいのだ。ギリシアワインの旨さに味をしめた私たちは、サントリーニ島でワイナリーに寄ることにした。

 幻のアトランティス王国ではないかといわれるこの島は、地層の縞が走る高い崖の上に白い街がある。ダイナミックな景観を持つ火山島で、観光客も多い。

ブドウの収穫の写真

 オートバイを借りてアップダウンの激しい島特有の道を走ると、ほとんど砂地に近い畑にブドウがたわわに実っている。日本のように棚を作って栽培するのではなく、地面に直接蔓が這っている。帽子を目深に被り、ハサミで丁寧に一房一房収穫していたオジサンが、「今年も暑いから良いワインができる」と汗をぬぐいながら言っていった。

 ロソスという銘柄を持つ小さなワイナリーでは、古いセラーを見学者に開放し、テイスティング(味見)もさせる。シエスタの時間で店番が子供だったので確かではないが、裏の近代的工場で商品を作り、古いセラーで自家用のワインを昔ながらの製法で作っているそうだ。

ワインの写真

 白、ロゼ、赤を軽い辛口から飲み始めて、重い赤、デザート用の年代ものの甘い赤ワインまで6種のテイスティングをした。白塗りの壁や床で木漏れ日が揺れ騒ぎ、爽やかな涼風が吹き抜けて行く。ピスタチオをつまみながら飲んだがサントリーニのワインは、どれもがおいしかった。食物を生み育んだ気候のなかで食するのがもっとも美味なのかもしれない。

秋のリゾートアイランドはリッチな大人たちの世界

 ギリシアの旅を終え、エジプトとイスラエルを回った後に、またはエーゲ海の島へ来てしまった。イスラエルからトルコへ向かう船がロドス島に寄港したからなのだが、このルートを選んだのはギリシア料理、とりわけあのサラタテニ恋しさからだった。日本人旅行者と話すとフェッタチーズの匂いがダメ、オリーブ油が胃にもたれるという意見もある。でも、ギリシアかぶれとそしられようとも、我々の熱は冷めなかった。

 待望のサラタテリニに再開して一息つき、中世の騎士団が築いた城壁に囲まれた旧市街を歩いた。石造りの館と石畳の道が続く騎士団通りは、雰囲気のある佇まいである。噴水のある広場のカフェで、ニ泊三日の船旅で疲れた身体を伸ばしていると、どうも夏の客層と違うようなのである。

 盛夏のミコノスやサントリーニは世界各地からの学生や独身者、ギリシア本土からのカップルなどが多く庶民派と貧乏旅行者が目立った。それと比べて秋のロドスの客は欧米からの中高年齢層のカップルが多く、優雅にリッチに秋のリゾートライフを楽しむ感じなのだ。風と海水が冷たいせいもありビーチでは泳がず専ら日光浴している。

 そういえばサントリーニで会った地元のホテルマンが、「これからはアッパークラスの客が来るから、稼ぎどきだ」と嬉しそうに語ったのを思い出した。それにロドスは特別免税地域なので、毛皮や貴金属などの高級品が安く手に入る。どうやら私たちは季節はずれ、場違いなリゾートに来てしまったバックパッカーのようだ。心なしか片身が狭い。

ロドス島の市場に立ち 焼鳥の将来に思いを馳せる

カラマーリの写真

 気をとり直して、新鮮な海の幸を食べにタベルナに行った。オレガノを振ったやわらかくて甘いタコのマリネ、山盛のイカフライの写真を撮っていると隣席のドイツ人がビデオカメラを回し始めた。皿からはみ出すほどのロブスターや、ブイヤベースに似たカカヴィアなど、豪勢な料理を食べる妻を撮影しているのだ。私はまたも気おちした。

 読者の方に高級料理をあまり御紹介できないのは残念だが、たまにしか食べない豪華で高価な料理よりも、日常の料理のほうに興味がある。長旅の経済的事情もあるが、その国で広く愛されている料理が、その国の味を代表するのだと信じている。

 ギリシアを代表する料理のひとつスブラキアは、元来は復活祭用の子羊の丸焼きを指す名だったが今は羊肉や豚肉の串焼きを含めて呼ぶそうだ。日本の焼鳥と同じ感覚で、酒を飲みながら何本も食べるし、屋台もある。

スブラキアカッターの写真

 ロドスの市場にある肉屋で、このスブラキア専用のカッターを見た。肉を重ねて四角い枠の中に詰め、刃が基盤の目になったカッターに串をセットし、上から押し切りながら串を刺してしまう。近年出来た道具なのだろうが、実に画期的で便利だ。刃を持ち上げると、ズラリと百本の串刺しが完成している。

 この道具で焼鳥を作ったら、仕込みの時間が大幅に短縮できるはずだ。でも、四角く角のある焼鳥なんて変だろうか、などと遠いエーゲ海の島で市場に立ちつくして考えてしまったのである。

(写真・文 野澤幸代)     

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