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山の暮らしと自然にふれながら、アンナプルナの山懐へと歩く

アンナプルナ連峰の写真

いきなり2人だけでヒマラヤをトレッキング

 旅が長くなると無為な日が多くなるが、ネパールでトレッキング(山歩き)をした11日間は感動が凝縮された日々だった。

 もとから私たちは山が好きだったのかというと、そんなことはまるでない。スポーツとは縁がなく、休日はひたすらビデオを観て、家でゴロゴロしていた。もちろん、登山の経験などまったくないのだ。

 それが無謀にもいきなりヒマラヤを歩いてみようなんて考えたのは、ひとえに知人の影響である。料理研究家で登山歴数10年のI先生と、プロの旅人であるデンマーク人の友人から聞いたトレッキングの話が素敵だったからだ。この話に大いに心を動かされ、私たちでもできるのかなぁと思いつつも、愉しみにしてネパールにやって来たのである。

 どうせ行くなら世界最高峰のエベレストへとも考えたが、ちょっと難しそうなので、比較的楽だと聞いたアンナプルナ連峰の山麓を歩くべく、入口となるポカラの町に来た。

 役所でトレッキング許可証を申請し、レンタル屋で寝袋、リュック、軽登山靴を借りた。各国からの遠征隊や長旅の旅行者が、帰りに装備を売り払ったりするので、けっこう本格的な登山用品が揃っているのだ。他にセーターなどの防寒用具、地図、ろうそく、懐中電灯の電池などを買い込んで準備は完了。山で不要な持ちものは全部、ポカラの宿に預けておくことにする。

 さて、トレッキングのやり方だが、複数でパーティーを組み、ガイドやポーター(荷運び人)、キッチンボーイを雇ってテントで寝泊まりすることもできる。あるいはガイドとポーター、ガイド兼ポーターを雇うこともできるし、自分たちだけで歩くことも不可能ではない。ポーターは30kgまでの荷を運んで、1日50~60ルピー(約300円)が相場だ。

 ポカラでは俺をガイドに、ポーターに雇ってくれという売り込みが激しく、昨年、盗賊に抵抗して両手を切り落とされた日本人の話も聞かされた。でも、荷物はそんなに重くないし(発つ前はそう思えた)、もし盗賊にあったら素直にお金を出せばいいや、と気軽に考えて2人だけで行くことにした。

 この旅に出る前は、夫はともかく私はわりと心配性で、何をするにも準備万端怠りなしタイプだったのに、人間変わるものである。よくいえば肝が座ったというか、正しくいえば出たとこ勝負的性格になってしまったのには、自分でも呆れてしまう。

電気も水道もない村の夕餉の灯は暖かく揺らぐ

 トレッキングの初日は、イヤハヤきつかったの一言に尽きる。これまでの旅で少しは脚力が鍛えられているはず、という思い込みはまことアサハカだった。

 11月末なのに陽射しは強く、ポロシャツ1枚でもすぐ汗まみれになる。のっけから、高度差700mの石階段で、最初は文句のいい通しだった。カメラが重い、靴が合わないと難癖をつけ、夫にやつあたりした。

 あえぎ、休み、重い足を引きずり上げていると、いつの間にか夫は先に行き、文句のタネも相手もいなくなり、声を出す余裕すらなくなる。果てしなく感じた階段がやっと終わると、急に展望が開け、吹き渡る風が心地よい。浄化剤を入れた水筒のまずい水でも、なんとすがすがしいことか。心も、体も喜んでいる。

水牛の仕分け写真

 土壁の農家や細切れの段々畑の道を進むと、水牛を屠る場面に出くわした。ネパール特有の三日月形の小刀ククリで喉笛を裂き、血を抜いてから、手際よく解体していく。

 山の人にとっては肉はとても貴重だから、臓物も含めて均等に分けている。トタンの上に並んだ肉が、この村の戸数なのかもしれない。

 稜線に出ると、堂々としたアンナプルナ連峰の眺めが素晴しい。その懐にこれから入っていくのかと思うと、疲れ果てているくせにワクワクする。たった4時間しか歩いていないけれど、今日はここ泊まりに決めた。

パンケーキの写真

 村の宿屋は1泊50円ほどで、石積みの壁に室内の仕切りはすき間だらけの板とカーテン。トイレは外で、電気も水道もなし。

 教師をしているバサンタ氏の宿での夕食は、白飯にダル(豆のスープ)、青菜の炒め煮、大根の漬けものだった。この漬けものが辛くておいしくて、韓国のチョンガ(小ぶりの大根)キムチにそっくりの味である。

 夕食後は宿の子どもと下働きの少年(8歳)と、ネパール語と英語の教え合いをした。ウイスキーの小瓶に灯油を入れた灯を囲み、自家製のどぶろくを呑んだ。すき間風に灯りが揺らぎ、子供達の影がはしゃいでいる。和やかで、心満たされる夜だった。

(写真・文 野澤幸代)     

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