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コバルトの海に浮かぶ島々の国。多彩な文化と味を探して渡り歩く

バタック料理の写真

バタックの酒に、歌声に酔しれ、湖畔の夜は忘却の彼方へ

 念願だったヒマラヤトレッキングを終え、次なる目的は東南アジアぐるり一周である。とはいってもベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー(ビルマ)は今のところ自由な個人旅行はできない状況なので、タイ以南の国を回ることになる。バンコクからマレー半島を南下し、インドネシアのスマトラ島に入ったのは3月の初旬だった。

 マレーシアのすぐ西隣にあるスマトラは大きな島で、北部のトバ湖周辺にはバタック族が住んでいる。インドネシアは小さな島を含めると1万3000余もの島々が、東西5000km、南北1700kmの広大な範囲に散らばっている国だ。建国時に、マレー語を母体とするインドネシア語を国語にしたが、約250種の地方語があって、部族というか集団によって文化、習俗、言語、宗教さえも違ってくる。

 国章に刻まれている"多様性のなかの統一"という原則が示すように、この国は実に多様な顔を持っているのだ。地域や集団の文化が色濃く残っているのは、島という環境のせいもあるけれど、自分はバタック人である、メナド人であるという誇りが生き続けているからだろう。料理にしても土地の味があって、行く先々で違う味に出逢えるから楽しい。

 トバ湖に行ったらバタック料理を、特に犬肉の料理があると聞いたので、探してみたがどのレストランでもないと言われてしまった。そこで船着場にたむろしている青年に相談すると、なんとまぁ物好きな日本人という顔をされたが、とにかく今夜、食べに連れて行ってくれることになった。

 湖畔の町の小路に入ると、男達の歌声がもれる小さな居酒屋があった。皆、サトウ椰子から造った白い酒トゥアクを手に、ギターの伴奏に合わせて歌い騒いでいる。青年がサッサと注文をし、テーブルの上に並んだのはトゥアクと、何やらどす黒い煮込みの皿だ。

 これが犬肉だった。犬肉は必ず血と一緒に料理する決まりがあるそうで、こういった居酒屋でしか食べられないらしい。バタック族はイスラム教徒とキリスト教徒の人がいるが、居酒屋の客は男ばかりである。

 飲め、飲めと勧められるままにトゥアクを飲み、切々とした恋歌や、ゴスペルのような迫力溢れるハーモニーを聴いた。ほんとうにバタック人は歌が上手で、聴き惚れた。

 飲みつけない酒にすっかり酔っ払ってしまい、肝心の犬肉の味は忘却の彼方。愛犬家の友人に絶交される覚悟までして食べたのに、情けない結末であった。

ブキティンギの市場に日参し、果物屋のペットになり果てる

 バタック青年ジャック君に別れを告げて、スマトラ島最大の集団であるミナンカバウ族の中心地、ブキティンギへと南下した。ブキティンギとは高い丘という意味で、この街は涼しい高原地帯の丘の上にある。

 水牛の角を象ったとんがり屋根の伝統家屋と、母系性社会を守っていることで知られるミナンカバウ族は、ほとんどがイスラム教徒らしく、酒を飲ませる店はあまりない。

 宿に落ち着いて、さぁ出かけるかといって行く先はいつも市場(パサール)だ。人の集まる市場には屋台があり、混んでいる店で皆が食べているものを注文すればまずハズレはない。これはアジアを旅して、安くておいしい土地の味に出逢うための鉄則のひとつである。

ナシ・カバウ屋の写真

 ブキティンギの市場は規模がわりと大きく、野菜、肉、魚、乾物とブロックごとに分かれ、周辺の路上にも店が溢れ出ている。ひと渡り歩くと麺や飯の屋台が集中している場所をいくつか発見した。

ソトの写真

 鉄則に従って店に入り注文したのはソトという汁麺、牛スープにビーフン、黄色いひもかわ麺、ご飯、野菜、揚げエビせんべいなどが混然一体となって入っている。これにインドネシアの醤油と唐辛子みそを加え、まっ赤にして食べるのだ。学生や買い物客がちょっと寄る軽食屋風である。一杯約30円也。

ゼンコル屋の写真

 腹ごしらえがすんだら、市場の探訪再開だ。野菜や果物の名前を聞いたり、味見させてもらっていると、周りの店から
「オシン!オシン!」
と声がかかる。そう、あのNHKの『おしん』なのである。週1回、吹き替えで40分間放映され、インドネシア人の涙を絞る超人気番組なのだ。この国に入って以来よくそう呼ばれるが、ここのオシンコールは強烈だ。

 数日間市場に通ったら、果物屋のモナリサ(クリスチャンネーム)に、なぜかいたく気に入られてしまった。 高い売り台の彼女の脇に座ると、オレンジをむいてくれたり、枝豆を勧めたりとかいがいしく世話を焼き、帰らせてくれない。私のほうが歳上なのに、ほとんどペット扱いで、私を皆に見せびらかす。

 モナリサの店に近づかないようにして市場を見て、帰りしなに寄って遊んでいくのが日課になった。ブキティンギを発つ日に彼女の店に寄ると、お土産にとリンゴを渡され、別れを惜しんでくれた。
「スラマット・ティンガル(さようなら)」
の言葉に続けて、周りの店の人がオシンと言うなかで、モナリサだけはサチヨと言った。

(写真・文 野澤幸代)      

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